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自分との対話。

外見は生まれつきだけど、内面は心の持ちようで何とでも変わる。

そう思っている人が居る。
確かに、一見、この方が普通に思えるかもしれない。

でも、本当は、人間の内面こそ変わらないと私は思う。
それに、外見はお金さえあれば、化粧や整形手術で変われるものである。

君、そういう性格変えた方がいいよ。

この一言で変われる人って、この世の中に何人いるのだろうか?

もしかしたら、自分の方が正しいかもしれない。
いや、自分が正しいと思うから行動しているんだし。

でも、、、何故、変えた方がいいって言われたんだろう。

この時、自分の胸に手を当ててみる。
それが出来る時、人は成長できると思う。
世の中には、それが出来ない人も居る。
そんな人はいつまで経っても、ずっと子供のまま。

必ず変える必要は無い。自分の人格は自分で作るんだから。
自分が正しいと思う自分を創ればいい。


ただ、少しでも自分に引っかかる時、絶対にほったらかしにしてはいけない。
そこがきっと、自分の世界を広げる鍵だから。

自分とは、与えられるものじゃない。
自分とは、自分で決めていくもの。違うかな?
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美しい夜。

眠い目もすっきり覚める
師走の風。
風に頬を撫でられて
思いだすのは
虚しく通り過ぎてきた
何回もの冬の夜。

黄色い大きな枯れ葉が
いつも絶え間無く車が走っている通りを
今夜は堂々と渡っている。
耳を擦る風の音。
通りを駆ける枯れ葉の音。
顔を上げて、夜空に向かいあった瞬間、視界に入ったのは、月。

まるく、白く輝く月。
美しい月は今まで何度も見て来た。

今夜の月は特別。

深い群青色の夜を照らす太陽のように、その青白い輪郭を
時に緑がかった
時に臙脂がかった
大きな白い輝きに縁取られている。。。

空が眼前に開けた時
高い位置にいる月は
文字通り、夜の主人であった。

師走とはいえ、都心の夜。朝が近付く、遅い夜。
静まり返ったその空は
星達の時間であった。

こんなにたくさんの明るい星が見えるとは。。。

寒い冬の贈り物。
胸いっぱいに、受け止めよう。。。

心と言葉

言葉は人の心を伝える為の道具であると同時に、人は言葉を持つ事で複雑な心理状態を生み出す事が出来るようになった。
自分の中で思ったり考えたりするのも、殆どの人が言葉に頼っているだろう。

でも、最近は言葉の崩壊が激しい世の中になっている。

「ムカつく」
「キレる」
「ウザい」

これらの言葉で、自分の不満を片付けてしまう。
そこには

「なぜ?」
「どんな風に?」
「どうして欲しい?」

そういった感情が全く含まれていない。
あるいは、本人は含んだつもりかもしれないけれど、読み取れるはずが無い。
自分の気持ちを自分の力で伝える事が出来ず、いつだって他人に汲み取ってもらうのを待っている。
しかし、誰にもわかって貰えなかった時は、相手が悪い、社会が悪い、そういって他人のせいにする事が、もはや一般化されてしまった現代社会。

言葉に自分の気持ちを載せる事
それは、自分を相手に知ってもらう事と同時に、自分自身を再確認する事。
自分の今の状態を把握できていなければ、相手に伝える事はおろか、自分が自分である事を保つ事すら出来なくなる。

最近の悲しいニュースだって、ちゃんと言葉に自分の気持ちを載せていたなら、きっとお互いが理解しあって、また自分自身を冷静に見つめなおして、絶対に回避できたはず。

今、一番大切なのは、法律でも、警察でも、防犯グッズでもない。

私たちには言葉がある。
ひとりひとりに言葉がある。
言葉を聞くための耳もある。
そして、感じる心もあるんだよ。

大切なのは 君と私の間に 言葉の橋をかけること。

いつもと同じ 新しい

朝日がまぶしいな。
すぅ~っと大きく息をする。冬の冷たい空気が私の中に入ってくる。

久しぶりの朝

朝って、、、本当は毎日来るんだね。

当たり前の事が 当たり前でなかった。
あの時風邪を患って眠りに就いた自分。
それが途中から仮病だと気付いても、永い永い眠りから目覚める術を忘れ、、、もう朝日を見ることは無かっただろうな。

、、、君がキスしてくれるまでは。

私に足りなかったのは 勇気
目覚めれば朝は来るって知っていたのに、布団から一歩踏み出す勇気が私にはなかった。

決して暖かくなかった私の布団。
薄くて硬くて虫食いだらけの私の布団。
寒くて身体が縮こまる夜でも、思いっきり被って寒さを誤魔化して来た自分。
いつしか身体は寒さに麻痺して、疲れすぎて眠りに就いていた。

今はもう違う。
今日からは、君の暖かい布団で一緒に眠ってくれる。
淋しい夜も、君が優しく包み込んでくれる。
そして、君と一つに結ばれる。
いつだって、、、ずっと、ずっと、二人でひとつ。

たとえ、君は遠い遠い空の下に居ても
二人で見ている朝日は同じ。
大切なのは身体の距離じゃない
君と私の心の距離だよ。



ねぇ、、、毎朝おはようのキスで起こしてね!

十一年ぶりの目覚め

やっと、歩き出した。

全ての状況が変わる。。。。


人生に夢中。


生活が安定するまで?しばらく休みます。。。。
(時折、愚痴るかも。)

ちゃんと戻ってきます。
また、遊びに来てくださいね。


もっと、強く、もっとクリアな目で、周囲を見つめられるようになっているかもしれません。


お遊びの人生よりも、リアリティに満ちた人生、
地に足をつけた、楽しみや喜びだけでなく、悲しみも辛さも
いっぱい含んだ人生。
それは本当に、自分自身をオンリーワンだと思って、
真剣に生きることから始まる。

・・・文章が浮かんでこないなぁ(苦笑)。

それでは、また。

思いを伝える難しさ。

声と文字、どちらがより、残酷なんだろう。
ある思いを読む。
感じ方は、それぞれ、違う。
まるで違うこともある。
思いをつづる時も、それを書いている本人が、
嘘をついている、知らずに嘘をついている場合だってある。
文章を送る相手に対して、見せたい自分、
そうありたい自分だけを無意識に現しているかも知れない。


大勢の人の、共感を呼ぶ本。
そういうものは、本当に、感情を表しているのだろうか?
作者が伝えたいものは、読む人の数だけ変化する。
なるべく、変化させないように、ダイレクトに伝えるような文章。

そんなに直に届くものは、究極で、数少ない、何か。
シンプルな言葉ほど、難しいものはない。
シンプルだからこそ、広がりがあって、受け取る人夫々が考える
その言葉の意味が、絶対のものとなってしまう。


優れた文章。
作者が本音で書いた、繊細に、多角的に選ばれた言葉で
つづられた文章。
一見、何てことないようでいて、実は、あらゆる角度からの説明を
含む文章。

そういったものが、受ける相手に真っ直ぐに、伝わるのだろうか?
多くの共感を呼ぶということは、誤解が最小限でなければならない、
そんな気がする。

写真だって、そう。
撮る人によって、映る写真は違う。
どういうわけだか、異なっている。
ある被写体に、撮る人の思いがある。
撮りたいと思う気持ち。
何で、撮りたいのか。
写真も、人に伝えたいという気持ちがあってこそ、撮られる。
何を思ったか。
何を伝えたいか。
それは、撮る人によって、違うはず。微妙に違っている。
撮ろうとする瞬間、その人だけが持つ、気持ち。
上手く誰かに伝えられて、初めて、その気持ちは、
その人だけのものでなくなる。

共感して欲しい。そんな気持ちがきっとある。

撮る人の気持ちが、100%写りこんだ写真。
それは、当然、それなりの技術も必要だろう。
見たものと、写されるものはかなり違ってくるから、
見たままに伝えたかったら、そのための技術がいる。
その時のままの、光を含み、スケールを含み、色を含むような写真。
思う以上にずっと、難しい。
かたちを捉えるだけでなくて、空気を撮ること。
それを差し出して、見た人が、空気を吸い込むように
自然と吸収できる写真。

そんな写真は、見た人の心に、何の説明も必要とせず、
撮った人の思いを再現させる。
そうして、撮った人と、写真を見た人の心がつながる時、
その写真は、互いにとって、かけがえのないものになる。


色が変化している時は、鮮やかで楽しげであった、木の葉たち。
冷たい風に吹かれて、どこかへ飛ばされる、又はすぐ下に落ちる。
踏み荒らされて、粉々になった、乾いた葉。
紅葉は、もう、撮ったから、
今度は、その、元来たところへ帰っていこうとする、
道路脇に集まった、粉々の葉っぱたちを撮ってみようか。。。
掃除されることもなく、ふんわりとかたまっている落ち葉の粉が
一体、どうなっていくのか、気になる。。。。
テーマ: 思うこと | ジャンル: 小説・文学

大好きな人へ。鍵をひとつあげる。(笑)

対する相手によって、自分の境界線をどこまで下げるかの調節。。。
ただひたすら、「人様に迷惑かけないように」を第一に育てられると、
誰に対しても、自分の境界線を下げてしまう傾向が強くなる。
いつも、間違ってるのは自分なんじゃないか?
やっぱり、自分はダメなんだという自己否定感が、心の片隅にあって、
強気に頑張っていても、やっぱり、無理があるのか、時に息切れしちゃう。
人の期待に応えようとしすぎて、自分のではなくて、
人の人生を生きることになり、時にむなしくてたまらなくなる。。。


どうすればいいか?

自分のしたくないことはしない。
したいことをする。失敗しても、全ての終わりじゃない。
誰も愛してくれなくても、自分は自分を愛する。
人からの目じゃなくて、自分で、自分を見る。
そんなことを、心の根底に置いておく。
実際の生活で、いつも自分勝手に、わがままに振舞おうってことじゃぁ、
もちろん、ない。
心の中だけは、自分を100%応援してあげるってこと。

人がどう思ったかではなく、自分がどう思うかを考える。
思ったり、考えることは自由。
その気持ちのままに行動するかどうかは、もちろん、
責任が伴うこと。



自分のしたくないことでも、
愛する人のためなら、したいことに変わる。

あらわにする必要のない気持ちも、愛し合う人になら、
伝えていいとおもう。共感できるはずだから。
ほんとに愛している相手とだったら。

でも、他の人にはバカ正直になる必要ないよね。
そういう人たちは、勝手に、適当に判断して、人のことを決め付ける、
その人の目でいい加減なレッテルを貼り付けてくるだけ。
だれかれ構わず、必要以上(ココがポイント(笑)。適切ではなく、
過剰なのが問題!)に自分を奉仕する必要ないよね。
人生は短い!

自分の嫌なことでも、愛する人の為なら、そうとは限らないって事は、
そこからまた、自分が成長できるということ。

愛する人、自分を受け入れてくれる人に対してなら、
色々、曝け出せるでしょ?
それでも、受け入れられることで、安心して、勇気が出る。
自信がつく。挑戦してみようと思える。
そこからまた、積んでいける。上に向かって。
失敗した時も、慰めてくれる人がいるから、怖くない。
違うかな?

テーマ: 散文詩 | ジャンル: 小説・文学

ガンバレ! わたしの大切な君。

私だって、やけ食いしたいほどの不安に駆られるし、
上手く誤魔化して、逃げたりもする。
人生、しんどいなぁ、いつまで続くんだろうとも思うことある。
大抵、辛い気持ちを飲み込んで、
不安な気持ちを笑いとばし、
傷ついてなんかいない振りをする。
張ったりばっかり。
相手に痛いところをつかれる前に、
隙を与えないよう言葉でガード。
真剣勝負して、負けた時、
実力のなさを実感するのが怖いから、
わざと、ひねくれた道ばかり選択する。
そこでは何がなんなのか、明確でないから、
競争しようもなくて、自分はダメって思わないですむ。。。
いさぎいいフリして実は、すごく気にしてしまったり、
先に続くであろう努力を持続するのが怖くて、足を踏み出さない。

やれば出来る?
やらなきゃ一生出来ないよ。
スタートするのを怖がってる。
真剣になる勇気が足りない。
でも、踏み出すのが怖いのは、みんなそう。
不安を感じない人は一体どの位いるのだろうか。
不安を感じるのが普通。
気にしたり、心配しすぎるのは、自分だけじゃない。

私も怖いけれど、踏み出すよ。
やけ食いはもう止めるよ(笑)。やけ酒もね。
なぜなら、君がいるから。
苦しい時は、君に言う。
どんなにくだらなくて、自分がみっともなく見えることでも、
君は聞いてくれよね?
びっくりして、逃げていかないよね?
怖いもの知らずどころか、怖がりや。
不安な時は抱きしめて、安心させて。
悲しい時は、一緒に涙を受け止めてね。

君も泣いていいんだよ。
我慢しないで。
今までもずっと、我慢してきたんでしょ?
私がいつでも、聞いてあげる。
君の気持ち。
何でも受け入れられる覚悟は出来てるつもりだよ。
不安な時は、抱きしめてあげる。
君の気持ちが落ち着くまで。
悲しい時は、一緒に悲しもうよ。
勇気が足りない時は、応援するよ。
楽しみたい時は一緒に楽しもうよ。
二人なら、きっと、何倍も楽しいはず。
助けが欲しい時は、私を呼んで。
真剣に助けたいと思ってる。



二人で互いを引き上げながら、
二人で支えながら、
生きていこうよ。。。!
テーマ: 散文詩 | ジャンル: 小説・文学
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