スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大好きな木と、大嫌いな自分の。

土曜の駅前通り。
店の前にまかれた水を
暖かい日差しがじわじわと吸い上げていく。
爽やかな、少し冷たい乾いた風。
光にきらめく街路樹の若葉。

旅をしていた時を思い出すな。
グリニッジビレッジの朝。


家の近所。
毎朝通る道沿いに、屋敷林がある。
子供の頃から知っている、大きな樹木。
その当時から、人気のない古びた、庭の大きさの割りに
小さな家があった。
絵本に出てくるような、謎めいた家。

周りを囲む林は、崖っぷちから坂の中腹まで広がっていて、
昔は違っていたのだろうか?
今は無秩序に、自分の力で伸びやかに枝を伸ばしている。
手入れをされていない木。
中には静かに、朽ちていったものもあるのだろう。
野生化された、木のための庭。

しばらく前から、「国有林」という看板が、
通りからよく見える場所に立っていた。
その後、看板は、林が競売にかけられていることを知らせるものに、
変わっていた。

近所に「都市型マンション建設反対」などの幟が現れ始めた。
ここ一週間ほど前からは、地元の人たちのグループ・・・と言っても、
十人位・・・が屋敷林の目の前の家の駐車スペースに、
テーブルや椅子を並べて集まっていた。
メッセージが日に日に増えた。
時々、署名を集めているようだったが、いまいち、勢いがない。
こちらから声をかけて、署名した。

今朝、いつものようにそこを通ると、マイクスピーカーを持った女性が、
林の方に向かって、言っていた。
「土曜日の朝です。まだお休みになっている方もいらっしゃるのですから、
騒音を立てないでください!」
確かに、電鋸の音が聞こえる。
ふと見ると、ちょうど切り倒された若い木が、地面に体を横たえるところだった。

その瞬間、目に入ったのは、「伐採」という文字。
突然、のどの奥、胃よりも上あたりを冷たい何かで
ぐっと締め付けられるような感覚に襲われた。

世界中のあらゆる場所で、毎秒、様々な、人間の欲望の為に、
木が切られている。そんなこと、分かってる。
そして、自分が、その伐採をとめることが出来ないことも、分かってる。

小さな努力・・・それが発揮するのは、本当に小さなこと?

分からなくても、やる気持ちが、自分にはある?

きっと、涙する資格はない。
でも、せめて、涙させて。

溢れそうになった涙をこぼさないように、
強い朝の光が、私の目からも、水分を吸い上げて、
かさついた目をぎゅうっと押さえつける。

木が好きだから、泣きたい。
それなのに仕事場に急ぐ自分は
一体、どういう奴なんだろう?

引き返して、何かしたい!と思いつつ、
引き返さない自分は・・・。
スポンサーサイト

やっぱり私は、信じたいな。

先日のお茶のお相手は、二十くらい年上の友人。
彼女のご主人は映画人で、
彼女自身、映画を作る仕事をしていたこともあり、
周りには、面白い友人がたくさんいる。

彼女と彼女の旦那さんは、二人で深夜まで映画鑑賞をしたり、
何か作ったり、どこかへ行ったり、会話を楽しんだりしていて、
とても羨ましい、関係。
夫婦というより、仲間的だという。
お互い、さりげなく支えあっていて、それに対して、
いつも新鮮な「ありがとう」という気持ちがあるように思う。

そんな彼女は、「一般的に、籍入れちゃ、ダメになるのよ。」
という。なぜなら、「籍入れた途端に、家族が入ってくるから。」。
家族とは、親戚のことだ。


私が小学生のときの夏休み。
徳島に住んでいた祖母のところに、泊まりに行ったときのこと。
朝早く目を覚ますと、横で寝ていた祖母が話し出した。
締めの話は、大抵こう。
「結婚はしないほうがいい。結婚して損するのは、女だから。」
お嬢様生活から、周りの反対を押し切った結婚。
財産を使い尽くし、愛人の元に去った夫。
姑に一人息子を預け、働きまくって、一財を築いた祖母。


先日、仕事中に出会った、百才を超えていたお爺さん。
老人同士、紙おむつの話をするのは嫌なんだよ、と言いながら、
色んな話を聞かせてくれた。
当然、混乱の時代を生きぬけて来たはずだが、内容は、
ごく日常的なこと。
何度も繰り返して言っていたのは、先立たれた奥さんのこと。
死に際に、「私は、幸せでした」と言ってくれたことが、
本当に嬉しかったと。
早く、奥さんに会いたいと、ため息をついていた。
たったそれだけで、目頭が熱くなってしまった。

その日の夜に遊びに行った先の女友達に、そのお爺さんの話を
すると、
「奥さんがどれだけ我慢していたかどうかは、分からないけれどね。」。
・・・ドライな彼女はそう答えた。
「だいたい、十年も一緒にいたら、人は変わる。
相手に求めるものも変わってくる。」
子供のときから、辛いことに散々あってきた彼女だから、
反射的に、裏側を見たのだろう。
私はおめでたいやつだから、そのまま受け取ったが。
それに、そんな風に、素敵な夫婦が実在したことを
感じたかったのだろう。

今日出会った夫婦。
ご主人と一緒にいるのが奥様だと思っていいのか、
一瞬、戸惑った。
奥様の方が、明らかに年下なのは分かったので、
妹さんかな?とも思った。
しかし、時折、ご主人の腕にかける、彼女の手が、
とても優しくて、かわいらしい動きをしていたので、
やっぱり、奥様なのかな?と思った。
が、おや?
ご主人は、九十才代なのである。
奥様はどう見ても、九十才代でも八十代でもない。
思わず聞いてしまった。
「奥様ですか?」
その通りだった。凄く歳が離れているのよ、と、
恥ずかしそうに言っていた。
奥様のお母様が、ご主人よりひとつ年上なのだという。
なんと、二十才以上の歳の差があるそうだ。
「ややこしいのよ」と、彼女は笑った。
ご主人は、奥様のことを、「美人」さんと呼んでいた。
ご主人も、若い頃、かなりのハンサムだったのであろう。
そんな高齢でも、奥様のことを意識して、おしゃれしているらしい。
奥様も「色々、困るのよね、」と言いつつ、
本当に優しくて、夫を可愛い人と思っているのが分かる。

結婚に悲観的な意見が多いなか、
歳をとっても愛し合っている夫婦を見ると、
本当に嬉しくなってしまう。

きっと、色々あったことだろう。
けれども、こんなにも、相手のことを優しい気持ちで
思い合えるなんて、素敵。
考えるだけで、浮き浮きしてしまう。
いいなぁ、羨ましいなぁ~、いいもの見させてもらったな、、、。

理想のような幸せが、本当にあるって信じられる瞬間。
それを手に入れるには、ちょっとやそっとじゃ投げ出さない忍耐力と、
努力が必要なのだろうか?
いや、実はそんなに難しいことではなくて、
ただ素直に、愛おしく思う気持ちがあれば、十分なのかもしれない。
小難しいことを考えず、ただ、二人の愛を信じ続け、
「愛してるよ」という気持ちを保ち続ける、、、
そんなことなのかもしれないな、と思った。

多くの結婚が、平凡で退屈なものか、もしくは
耐え難い悲劇であると思うより、
そんなにうまいこといかないよ、と思わず言いたくなるほどの
幸せ、それがあるとしたら、そんな最上の幸せを
信じたいな、と思った。

自分掃除

突っ走っているときは気づかない。
走り終えて、周りを見渡すと、私一人。
その時、気づく。

何かを忘れている。


気分が上がってこない。
日常生活では、いつものように、
あほみたいに笑い飛ばし、時を楽しんでいるように、
振舞っている。無意識的に。

でも、一人になったとき、気づく。

ため息。
何度も、ため息。


自分のために必要なことに気づかない振りをして、
自分の声を右から左へ、聞き流す。


大抵、体の鈍さから、気づく。
次に、気分が悪くなってくる。

憂鬱な朝を迎える癖がついたら、
はっとする。

掃除しなくちゃ、自分自身の掃除。


そこで私が向かうのは、大抵、本。
私の、私メンテナンスツールは、
精神世界系の本だったり、
健康法の本だったり、自然食の本だったり、
美容体操やいい女の生活術!?的な本。

読んで即実践するわけでもない。
すればいいのかもしれないけれど、
そういった本を読む目的は、違っている。

前向きなことが書いてある本を読む。
自分を変えていく方法が色々あるということを
知って、気分が明るくなる。

致命傷じゃないんだ。

何か、してみたいな。

あ、やりたいことが色々あったな。

やろうかな。

・・・そんなふうにして、視線が徐々に、
上がっていく。

そんなことの繰り返しは、季節の変化と共に、
かなり長い年月、繰り返してきた。

でも、そろそろ、ただ繰り返すのではなく、
何かを克服したい、新しい術を身につけたい、
そう思う。

やってみようかな、
そうだ、本気でやってみよう!

そろそろ、浮上しなくちゃね。

桜の季節、実は嫌い。

周りは華やいでいるのに、気分は憂鬱。
華やかさに気後れする自分がいる。
春だというのに、なんて憂鬱なんだろう。

でも、春は駄目って、自己暗示かけてるのは、
自分自身。
何でも悲しい。
些細なことに落ち込んでいるくせに、
空元気で、自分を誤魔化す。
そんな自分も、やる気のない自分も、
私自身をもっと、傷つけたいと思うのだろうか?

拭い去れないくらいの気分の悪さを隠そうとするから、
そんなうそつきの自分を痛めつけようと、
自分を失いたいと思っている自分が
自分を
無意識無感覚へと追いやる。

原因は何?
きっと、些細なことだろう。
些細なことなのに、自分がそれを感じることを、
自分自身が許さない。
感じさせないために、自分を麻痺させるために、
真の問題から目をそらさせるような問題を
作り出す。

本当の問題。
それは何?

きっと、受け止めてくれる人がいる。
優しく聞いてくれる人がいる。
笑わせてくれる人がいる。

だから、もっと、素直になりなよって、
自分に言おう。
「春は駄目なの」って、言う代わりに。

春って苦手。

新しい季節。

それなのに気分が優れない。

足りない、全然足りない、
あれもこれも出来なかった、
ちっとも進歩してない、また一年過ぎてしまった、

と、全てを引き算で考えてしまう春。

何度も、そんな春を迎えては、
憂鬱になった。
心底、自分が嫌になった。
自分さえも好きになれない自分を
人に会わせる事は、失礼だ。
一人をも寄せ付けない時期、それは、初夏。

気だるくて気だるくて、
次第に大嫌いな梅雨になり、
梅雨のおかげで救われる。

自分が嫌というより、梅雨が嫌、
そして、蒸し暑い夏が嫌。
気持ちは外へと向いていく。

暑い暑いとしかめっ面で歩く道。
じりじりと太陽の光に焼かれて、
腐った自分の気持ちも蒸発していく。

そして、秋。
汗と共に、心の老廃物を流し去った心は
再び、色んなことに、感じる。
葉を落とした樹木のように、
心がとってもシンプルで、
気分は軽い。


冬。寒いけれど、大好き。
私のいい思い出の殆どが、冬に作られている。
何でかな?
冬の気分が好き。
いい意味で、うちへうちへと向かえるからかな?

また、暑い季節が来る。
桜が散ったら、すぐに黄緑の葉が、
光を遮るようになる。

今までのよくあったパターン。

この一年は、、、結構、よくやったな。。。。
今は、ほんとに、精神的に自由に向かいつつある、
そう思いたい。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。