言うようになった母と聞けるようになった?自分。

 「周りが普通なの。おかしいのはあんたの方なの。」

 

 怒られたくないからって、どこにいるのか言わないとか

 友達から誘われたら、次の日朝早くに家族旅行ってのに夜遊びに行ってしまうとか、(←これは私の父のこと)

 「ほんとそっくりよねー、お父さんと!

 ・・・あんたと付き合う人、気の毒ね。」


 最近、母に言われた。

 母も最近、結構・・・言うようになった。笑。


スポンサーサイト

下書き

 下書きがたまってる。

 たまった一覧を見ると、

 あー、これも一歩立ち止まって見るということになるのだろうか?と思う。


 言わなくて良かったのに日記 とか、

 公開して後悔する日記とか・・・意図的ならいいけど、勘違いはなはだしい日記は

 ほんと・・・考えないとね。 散々大騒ぎして、周りに迷惑かけたりするからww


イチゴのショートケーキ

 おいしいとこ全部食べたいっての?

 ケーキのクリームもスポンジも食べるんだから、イチゴぐらいはあげなさいよ!

 

 好き合って付き合ってるんだからちょっとは相手に合わせてやんなさいよ、

 それぐらいやるのは当たり前でしょうが。



 私は、人の気持ちよりも自分のやりたいこと、楽しいことを優先してしまうトンでもない性格で、

 それは、自分の父親も全くそうだったし、自分の息子もそう。

 一人で終わっていれば、まーいいのかもしれないけれど、近い人間には甚だ迷惑をかける。

 普通そういうことやらないだろ?!って驚かれるようなことをも、平気でやってしまう。

 二三歩離れてみてみると、はぁ、確かにそうだよねぇって思うようなことだ。

 以前に付き合っていた人が、その人も非常識な人だったと思うのに、私の行動に対して、

 「ほんっと、おかしいよ思うよ!?」と怒っていたが、自分では意味分らなかった。

 考えようとしなかったから。考えるのは大変だから、屁理屈こねて、答え教えてとねだったけれど

 教えてくれなかった。教えるも何も、きっと、当たり前すぎること。

 その当たり前も分っていない私は最近、色んな人によく同じ質問をする。

 すっごく低いレベルの話で、当たり前すぎると呆れられるのだが、それでも何度も色んな人に聞くのは、

 それくらい、分ってないからだ。当たり前のことが分らない、出来ないからだ。自分。

 そーーーとーーーヤバイ。上の言葉は、私が色んな人に尋ねた中で、簡単にストンと耳に入って、

 あぁそおだよなぁ~~と思った返答です。

 

 

 

 


 

 

シゲキックス

 シゲキックス(グレープ)というもんを初めて買った。

 パッケージの「顔」がすごい。スーパーでド派手なパッケージに囲まれているときより、

私のデスクの上ではもっと派手にこっちを凝視してる。怖い目で。

 となりの机の女の子の背中から、ぐったりオーラを感じたので、ねぇねぇ、と邪魔して、

シゲキックス、食べたことある?と聞いたら、あー、それすっごい酸っぱいんですよねという答え。

 で、一粒あげたら、それを口に入れた彼女の口が、シゲキックスのパッケージの顔の口と同じになった。


 ミッフィーみたいな口っつうか、→ *


 で、そんなに酸っぱいのかーと思って私も食べてみたが、、、、、え、どこ?どこが酸っぱいの??


 ぜーーーんぜん、酸っぱくなくて、、、、刺激なんかなくて、買って損したーって感じ。


・・・・ いや、単に私のミライがマヒしてるだけかも・・・?!

 


ハンデ

 力があるからこそ、スタート時の状況が悪くても大丈夫、

 前を走る人の背中は遠いけれど、抜かしてやろうと頑張る人ってすごいなぁ。


 ・・・それにしても私は、頑張らない人だなww 

頬杖

 最近、腰痛悪化が酷くて。板みたい。

 首も痛いし、肩甲骨の間はいつもゴリゴリしている。

 整骨院に行っても、日頃の運動しても、基本の姿勢が偏っているせいか、ちっともすっきりしない。

 いつも痛いと言っているのは嫌だから、今年こそ、なんとかならないか?と思う。

 そうして気づいたのは、姿勢の悪さだけでなく、

 頬杖。


 デスクワークの時、気づいたら、肘をついている。

 肘をついているから、前かがみになるし、姿勢を支える筋肉も衰えるんだ・・・


 気を付けよう!!

歯ブラシ

 歯ブラシを用意してくれる誰かの気持ちは、

誰かのために歯ブラシを用意したことのある人にはわかる。

と、思う。


 そうしてふと見回してみる。


織物の柄は、滑稽

 悪いけれど、面白く聞こえてしまう。はたから見たらドタバタコメディー。

 きっとそんな。

 

 とんでもない状況でも笑ってしまうことがある。

 だからやってける。



 私が私である限り、私の人生はずっとこんななんかなー。

 

 サマセット・モームの「人間の絆」

 大好きな本です。自分の人生を肯定できる。

 

ほっとしました。

 ちょっとは、落ち着いたかな。元気になったかな。

 元気ってのは、難しいかな。

 とにかくちょっとでも回復していたら、いい。

 

 恋人とは別れても、友達とは別れないわよって、先日六本木で会った友人が言っていた。

 大事な人とは恋人でいるよりも、友達でいたほうがいいかもねって、私も思ったことがある。


 友達ってほんと、いい。

 よかった。

 よかったね。

 友達を大事にしてください。


 洗濯物干して、私は布団に入ろう。

 

 翌朝は、既に頭の中に書いている楽しい記事を更新したいと思います。

 

どうして?

 今日もなんだか、眠くない。もう眠くなってもおかしくないのに。

 あの夜も、眠くならなかった。

 その翌日も眠くならなかった。

 不思議だ。

 いつも眠い眠いって言っていたのに。

 洗濯物、今頃洗ってる。

これほどまでに何が何だか分らない。

 カルヴィーノの、むずかしい愛っていう本の中にある、話。

 その中にある物語を読んだ時のような気持ち。

 または、ガルシア マルケスの12の遍歴の物語。

甘えていいのは赤ちゃんだけ

 甘やかしてちゃ、進歩ない。

 子供から、甘やかしを外し、自分で考えていけということ。

 それ、自分も同じ。

 甘やかさないで下さい。

 甘えたいって気持ちを持っている自体が幼稚。

 本当に自立できるまでは、他人に甘える危険性がある。

 特別クラスの甘えん坊は、特別教室へ隔離。

 誰彼かまわず甘えることで、いつまでも幼稚でいられないように。


 人が甘えていい時期は、赤ちゃん時代だとする。 

 実際に発達が未熟なため、自分でできないことが多くあるから。

 よく、赤ちゃん時代に甘えたりなかった人が、大人になっても甘えたい気持ちを引きずるみたいなことを聞く。

 そういう人は、いったん、思いっきり甘え倒すことで落ち着いて、そして再び前進できるとか。

 だけど、大人になってから、誰がそんな、大きな赤ん坊の甘えを受け入れるかっていうんだ?

 大人になったら、もう甘えちゃダメ。甘えたいなら、自分で自分をケアするだけ。


 

 

かわいい子には・・・

 ある男の子がいた。彼には一つ年上の姉がいた。共働きの親が出かけていくとき、小さな姉は、いつも

母親の背中にぴったりとくっついていた。

 もっと小さな男の子は、親が雇った、よその人、だけどいつも同じそのひとと遊んで一日を過ごしていた。


 幼稚園に行くようになったその男の子は、おそらく当時20代であっただろう若くて優しい先生に甘い気持ちを抱き、日頃世話をしてくれていたよその人・・・彼女も若くてきれいだった・・・にも必要以上に近づいた。

 あんまりべたべたしてきても、幼児なだけに・・・

 進学しても、彼はそうだった。年上の女性の母性本能をくすぐるかわいさを悪用する。

 

 あるとき、もしやと疑い始めた母親が、男の子の世話係の女性を、もっと年配で厳しい女性に変えた。

 彼はもちろんがっかりした。

 甘えてぬくぬくしていた時代は終わり、突如として、規律正しい厳しい生活に変わるとしたら・・・・そりゃぁ文句言うでしょう。何かをよくするために負担を大きくしたら、将来はよくなるとしても、その変化に直面したその時は、ぎゃーぎゃー騒ぐもんだ。

 だけど、本当に大事なのは?


 

残るだろうか。

 先日夕方、保育園で、年中の子供が行方不明になった。

後で聞いた話によると、親が立ち話している間に、一人で家に帰っていたらしい。それも、電車に乗って。


 そういえば、自分も、年少の時に、自由が丘のピーコックのレジの近くのカウンター辺りで、母がたまたま会った人と立ち話をしていた時、待っていることに退屈して、勝手に家に帰ったのだった。

 私だって、自分で帰れるんだよってところを見せたかったのか、ちょっと驚かせたかったのか、自分で帰ってみようかなーという単なる好奇心からだったのか。


 ひとり家に帰った。その後少しして、母が帰ってきた。

 ものすごく怒られた。どんなふうに怒られたか覚えていないほど・・・とにかく怒られたのだった。

 実はなんだかよく分からないけれどとんでもないことしちゃったんだな、私・・・と思った。

 黙って帰る、周りが心配する、周りの人に迷惑かける。


 自分は?


 人の気持ちのわからない、自己中心的な人間ってこういうことだ。


 電車で家に帰ったその年中の子の心には何が残るかな。

 怒られたのが、怖かった、

 勝手な行動で、周りを心配させた、それはよくないことだ・・・で、終わりなら、残念なことになる。

 私みたいに。

自慢にならない。

ついったーで、

http://twitter.com/twitt_meigen

こういうのフォローしてるんだけど、1時間に1回UPされるもんだから、タイムラインがぎゅうぎゅうに。

朝、パソコン起動して、画面をざっと見る。


・・・疑うよりはだまされた方がマシ、なんて、綺麗ごとで幼稚な考えなんだろうな・・・・



子供っぽい空想遊びはそれで終わった。成長とともに信じる心は薄れる。 そう望んだからではなく、それが現実なのだ。 by Dear フレンズ

ホットチョコレート

夜中にお腹が空いたとき、なぜかホットチョコが欲しくなる。

甘くて濃くて、あったかい。

頭に思い浮かべるのは、fob coopの白いカップのふちにつく、

濃い色の飲み物。


中に浮かんでいたのは、マシュマロだけだった?

オレンジピールもあったっけ?



たまにはひとり夜カフェ

行こうかな。

夜のカフェに。

ふむふむ

帰宅して、パソコンを開けて見てみた。

携帯からの送信。うん、ちゃんと更新されてる。

言葉選びがおかしかったり、思ったよりも文章が短かったり。

・・・いつも長くなりがちだから、むしろ、いいかもね。

ドアから冷気

今 私は銭湯のロビーにいます。
私の左には 新聞を拡げている男性がコーラを飲んでいる。
携帯で文章を入力するの、あまり好きじゃない。
だけどペンも紙も持って来なかったから、久々に携帯からblog送信しています。
ドライヤーの音と、自販機に入れられる小銭の音と、テレビのニュース、缶の底がテーブルに当たる音、新聞をめくる音が聞こえる。
そろそろ スーパーで牛乳買って帰らなきゃな…。

急いで取り返す

子供の躾をしようと気にかけすぎた結果がこれだ。守りすぎて、世間知らずの大きな幼児。
自分もそう。
誰かに助けて貰って、なんとなくぬくぬく過ごしているうちは、いつまで経っても幼いまま。
急がないと!

夜の銭湯

寝不足なはずなのに、眠くない。
いつも気に入らないと言っていた、近所の銭湯に来た。
じんわり汗に混じって涙が落ちても、誰も気にしはしないし、気付かない。
目を閉じて、口も閉じて、ただ黙ってお湯につかる人達。
何を思っているんだろう。
私は何か一つ今日から始めよう。

失った鏡

怒りに任せて叩き割ったのか、手からするりと落として割ったのか。
いつも近くで自分を映していた鏡を無くした。
鏡がないから、簡単に自分の顔を見ることが出来なくなった。
そこで私はやっと、自分の頭を使って、自分の内に目を向けることを始める。

怠け

 なんとか頑張った。

 けれど、足りないみたいだ。自分は使えなさ過ぎる。酷いもんだ。

 ・・・頑張り続けられるのか?

 そんな風に疑問に思うということは、そこで既に、頑張ることから逃げようとしている気がする。

 外に要求すること・・・それって甘えだろうし、もう怠け心!?

 楽な状況は確かに自然かも。だけど、そのままでずっといたいわけじゃなくて、自分は成長したい。

 

 

 

今更遅い、感謝。

 自分がイレギュラーな行動をする時、それにまつわる過去を思い出し、何かに気づくことがある。

 色んなことが鏡のよう。

 相手を非難するとしたら、殆ど必ず、非難されるに値する行動を、自分もとっている。

 気づくのはたいてい後でだけど。

 人にしてもらったことも、リアルタイムにひしひし感じることと、後になって凄く気づくこともある。

 後になって気づくことは、もう遅いという思いからか、更に感謝の気持ちに変わる。

 後では遅いから、日ごろから、人にしてもらったことに対しては敏感でありたい。思った以上にぼーっとしていそうな自分に大いに不安だけれど。


 ありがとう。

そのままでは、ダメみたい。

 相手の期待に応えたい!と思う自分は、どこか、相手に認めてもらいたい!という気持ちがあるのだろう。

 ところが、それがどうも評価されるほどのことではなくて、当たり前と思われる場合もある。

 その場合、評価されたい、評価されるだろうときっとどこかで思っている自分が、幼稚で、浅はかに感じられて、自分に閉口する。子供じゃないんだし!って。

 相手に大切にしてもらいたいなら、自分がまず、相手を大切にすること・・・

 

幼いな、自分。

 以前に付き合っていた人のことを、彼をよく知る友人が、「ままごと恋愛しかしたことなかったんじゃないの?」と言っていた。

 ままごと恋愛も、相手がいないと成り立たない。つまり、私も一緒にままごと恋愛していたわけだ。


 ぶつかることを避け、現実を隠す恋愛は、現実逃避のひとつ。

 ままごとは、現実じゃない。

 だから、現実的じゃない恋愛は、ままごと恋愛と言える。


 「相手が普通なのよ。あんたが変なの。」って親にまで言われる私の思い込みは、ひどい奴と言われていた人にも我慢させてしまっていたほどに、困ったものなのではと、イイ年して思い始めた今日この頃。

 今更!

 

ちっさいな、自分。

 今日というか、既に昨日のこと。朝、近所の和菓子屋に行った。

 頼まれ物の購入のため。受け渡しの時間に合わせるため、自分は急いでいた。

 店に入って注文していたら、後から、貫禄のある女性が入ってきた。店員は、その時一人。

 私のオーダーは、詰め合わせだったため、後から来た人を、店員が優先したのだが、そのお客、のしも頼むし、払いはカードだしでなんだかんだと時間がかかる。

 やっと自分の番と思いきや、またしてもやってきたお金持ちっぽい男性の注文を店員が先に揃えようとした。

 後の人も詰め合わせだったのに。

 思わず、自分は急いでいて、~に~時までに行かないと行けないんですよっと言ってしまった。

 何時にどこへ行こうが、お店の人には関係ない。ギリギリで来る方が悪いのだし、ましてや、そんなこと、他人に言う必要もない。

 後で自己嫌悪なり。

行く年来る年何してたか。

 大晦日。友人が麻布十番のbarでDJやるということで、ちょっと顔出すか、 時々ふらりと行く、神宮3丁目の立ち飲み屋に行くか悩んだ結果、青山通り方面は風が吹き荒れて寒いので、六本木を越えて麻布十番に行った。

 barは、善福寺の近く。近づいていくと、除夜の鐘の音が聞こえた。

 自転車を止めて、境内に入る。山門の近くに除夜の鐘を打つために待つ、人の列。

 ちょっとふらふらしてから、来た道を戻ると、目当てのbarを発見。中をちらっと見たが、またお寺に戻った。

 ちょうど12時に、初詣。

 ぴったり、12時に手を合わせて拝んで、それから鐘の周りをうろつく。

 あまりにもいい音が耳に入り響くから、タバコ臭いbarやclubで音楽聞く気になれず、家に戻って寝ることにした。

 ひとり初詣。

 こんなまともな年越し。久しぶりだったな。。。