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思いを伝える難しさ。

声と文字、どちらがより、残酷なんだろう。
ある思いを読む。
感じ方は、それぞれ、違う。
まるで違うこともある。
思いをつづる時も、それを書いている本人が、
嘘をついている、知らずに嘘をついている場合だってある。
文章を送る相手に対して、見せたい自分、
そうありたい自分だけを無意識に現しているかも知れない。


大勢の人の、共感を呼ぶ本。
そういうものは、本当に、感情を表しているのだろうか?
作者が伝えたいものは、読む人の数だけ変化する。
なるべく、変化させないように、ダイレクトに伝えるような文章。

そんなに直に届くものは、究極で、数少ない、何か。
シンプルな言葉ほど、難しいものはない。
シンプルだからこそ、広がりがあって、受け取る人夫々が考える
その言葉の意味が、絶対のものとなってしまう。


優れた文章。
作者が本音で書いた、繊細に、多角的に選ばれた言葉で
つづられた文章。
一見、何てことないようでいて、実は、あらゆる角度からの説明を
含む文章。

そういったものが、受ける相手に真っ直ぐに、伝わるのだろうか?
多くの共感を呼ぶということは、誤解が最小限でなければならない、
そんな気がする。

写真だって、そう。
撮る人によって、映る写真は違う。
どういうわけだか、異なっている。
ある被写体に、撮る人の思いがある。
撮りたいと思う気持ち。
何で、撮りたいのか。
写真も、人に伝えたいという気持ちがあってこそ、撮られる。
何を思ったか。
何を伝えたいか。
それは、撮る人によって、違うはず。微妙に違っている。
撮ろうとする瞬間、その人だけが持つ、気持ち。
上手く誰かに伝えられて、初めて、その気持ちは、
その人だけのものでなくなる。

共感して欲しい。そんな気持ちがきっとある。

撮る人の気持ちが、100%写りこんだ写真。
それは、当然、それなりの技術も必要だろう。
見たものと、写されるものはかなり違ってくるから、
見たままに伝えたかったら、そのための技術がいる。
その時のままの、光を含み、スケールを含み、色を含むような写真。
思う以上にずっと、難しい。
かたちを捉えるだけでなくて、空気を撮ること。
それを差し出して、見た人が、空気を吸い込むように
自然と吸収できる写真。

そんな写真は、見た人の心に、何の説明も必要とせず、
撮った人の思いを再現させる。
そうして、撮った人と、写真を見た人の心がつながる時、
その写真は、互いにとって、かけがえのないものになる。


色が変化している時は、鮮やかで楽しげであった、木の葉たち。
冷たい風に吹かれて、どこかへ飛ばされる、又はすぐ下に落ちる。
踏み荒らされて、粉々になった、乾いた葉。
紅葉は、もう、撮ったから、
今度は、その、元来たところへ帰っていこうとする、
道路脇に集まった、粉々の葉っぱたちを撮ってみようか。。。
掃除されることもなく、ふんわりとかたまっている落ち葉の粉が
一体、どうなっていくのか、気になる。。。。
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テーマ: 思うこと | ジャンル: 小説・文学
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