スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ある広告カメラマンの日常@短い生涯 その①

大阪に生まれる。
両親は、元大地主の子。
戦前は、子供時代、高価な玩具も書籍も何でも与えられていたという父と、
家に使用人用の大浴場があったという、母の間に生まれる。
周りの大反対を押し切って結婚した、
どうしようもない遊び人と、わがまま娘。
戦後のお金の価値があってないような時代にも、
生活をセーブすることが出来ず、
財産を食いつぶす。
そんな時に生まれた男の子を気にかけてくれたのは、
祖母だけであった。

金の切れ目が縁の切れ目。
父は、愛人の元へ。
それにキレた、母は、一人息子を姑に預け、出て行ってしまう。
家の経済状況はどんどん悪化し、裕福だった幼い頃とうって変わって、
栄養失調の中学時代。
母は、繊維企業のデザイナーとして働き、収入を得る。
ある程度お金が入ってくるようになり、再び、子供の元へ戻ってきた。

四国へ引越。母の妹夫婦とその息子と同居することになる。
小さな山の上に住み、学校帰りは、野犬を恐れながら、
山の中を走って帰宅。
叔母夫婦の息子、つまり従兄弟とは、兄弟のように仲がよく、
弟のようにかわいがった。
大学で、美術を学び、卒業後、上京

広告代理店にデザイナーとして就職。
仕事の中で、写真を撮る機会が多かったことから、
カメラの仕事に興味を持つ。
退社後、現像所で働き、
現像液の臭いを全身に染み付けて、暗室の中で過ごす。
予想以上につらかった、現像所での仕事を続ける傍ら、
独学で、広告写真の勉強をする。
モデル事務所の、専属カメラマンとして、
写真の仕事を開始。
毎朝、鏡に映る自分に向かって、激励しながら進んだ20代。

プライベートでは、高校時代からの顔なじみであった女性と結婚し、
女の子と、男の子をもうける。
子育ては、建築設計の仕事を出産と共にやめた妻に任せ、
自分は、仕事と、付き合いに殆どの時間を費やす。
子供時代の寂しさからか、人付き合い依存症かと思われるほど、
人懐っこく、友人もたくさんいた。

朝遅くに起きて、新聞を読みながら朝食をとり、
仕事関係の電話をかけ、車で家を出る。
打ち合わせ。撮影。フィルムを現像所に出す。受け取る。
写真のチェック。納品。請求。そして営業。

撮影場所は、外、スタジオ、取材先、
自宅近くに借りたブツ撮り用の部屋。
その他、必要に応じて何処でも。
人、小物、機械、車、宝石、絵画、風景、料理、
その他、何でも撮る。
特に難しかったのはブツ撮り全般で、
対象によって、テクニックがいるうえ、
ものによっては塵一つ付着することも許されない。

クライアントとのやり取りで、胃が痛くなる。
クライアントは、写真が撮れないから、頼んでくるのであるが、
あまりにも、写真について無知な場合、
その予算内で出来ない注文をしてくる。
撮影は、集中力を要する。
編集者が、写真を紛失。支払いの遅れ。渋滞。
タバコ。たしなみ程度の酒。夜型の生活。
十二指腸潰瘍。
スポンサーサイト
ある広告カメラマンの日常@短い生涯 その② | Home | しらみつぶしにアンテナ探し

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。