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幸せ感じてる?

幸せってなんだろうって、しばしば思う。

幸せの形は、人それぞれ。
本人が幸せと感じるかどうか。

日常的な、ささやかなことにも、幸せを感じるには、
感謝の気持ちを忘れないということが大事のような気がする。
そう思わない人もいるだろうけれど。

忙しさにかまけて、毎日疾風のような日々では、
やっぱり、気づかない、気づけないことが多くなるように思う。
感じるのはただ、
毎日毎日、やらなきゃならないことが何でこんなにたくさんあるんだろうか?
とか、毎日へとへとだとか、
いつまで、こんな生活が続くんだろうとか、、、、

そんな気持ちでいると、幸せっていうのは、なんだかとてつもない、
自分が簡単に手に入れることのないようなものに思えてくる。
毎日に疲れるのか、疲れる毎日なのかも判別つかず。
幸せという概念は幻想で、
不幸だという意識がないものをせめてもの幸せとして
妥協する、なんていう意見。

そうなのだろうか?

愛する人に、幸せにして、と言うとき、
自分は幸せでないのか?

そうではないはず。

幸せにしてあげると言われると嬉しいのは何故だろう。

青い鳥は自分の家の屋根の上にいるらしいと、
友達がいっていたけれど、
そうなんだろう。

幸せになりたい、
幸せにして欲しい、

そう思うとき、自分は幸せじゃないのか?

いや、幸せなんだと思う。
正確には、もっと、幸せになりたい、
もっと、幸せにして、ということなのかも知れない。

でもやっぱり、幸せは、本人がそう感じるかどうかということ。

青い鳥は、確かに自分の家の屋根の上にいる。
ただ、それが見えるか見えないかの違いなのかもしれない。

だから、幻想だというのも、当たっているのかもしれない。

形はないけれど、見えるときがあるし、見えないときもある。

もっと幸せになりたい、もっと幸せにして、
ではなくて、
もっと、幸せを感じたい、もっと、幸せを感じさせて、というのが、
更に正確なのかな?

いずれにしろ、大事なのは、そう感じる自分の状況で、
自分の状況と周りの状況は、鏡のように映し合う。


やはり、、、自分次第か。

もしも、幸せを共有する相手がいるのならば、
自分と相手が、相乗効果となるだろうから、
相手のためにこそ、自分が幸せを感じることで、
相手も幸せになり、更にそれが、自分に返ってくる。

見えないのに、みんなが気になる言葉。

幸せ。

不思議だね。
身近にあるのに、つかまらない。
つかまえていても、気づくか気づかないかは、自分次第だなんて。

不思議だなんて思わないで、
もっと、すんなり、シンプルに考えることが、
私にはきっと、必要なんだろうな。

余計なことを考えすぎ(苦笑)。
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テーマ: 詩・想 | ジャンル: 小説・文学
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