ある広告カメラマンの日常@短い生涯 その②

ストレス解消の手段として向かったのは、友達付き合い。
子供を育てる父親像を持たなかったので、子育ては知らないまま。
撮ったフィルムを現像所に出し、待っている間に
近所のデザイン事務所や、編集社に顔を出す。
何処の現像所の近くにもあるようだ。(逆か?!)
そういうところで働いている人っていうのは、趣味もあらゆる方面。
美味しい物好きも多い。
付き合いも、当然、多様化する。
家族と付き合う時間はどんどん減る。妻の要望で、なるべく、日曜は空けるようにするが、
自分の友達を家に呼ぶことも多い。
家族で遠出する日の前日は、どういうわけだか、大抵朝帰り(マージャン)。
(プレッシャーから逃げ出したくなるのか?)
子供達は、母の父への非難の声を聞かなかったことにする。

妻の原家族も、離婚で崩壊していたので、そんな状況でも、
自分たちの家族は崩壊しないようにする。
自営業というのは、当然、収入が一定しない
しかし、夫は生活を変えないので、お金が入ってこなくても、
出すお金はセーブしない。
妻は、子供達の教育費を貯める為に、仕事にでる。

バブル以降、企業は、まず、広告費を削減。
ベテランカメラマンは、ギャラが高いので、敬遠するようになる。
安く使える若手が、次から次へと現れてくる。
仕事はどんどん減る。
銀塩からデジタルへ、時代も移行し始める。
写真とパソコンを使って、新しい、ビジネスはないかと模索し始めた冬。

ある年の正月。体調が優れない。
風邪かな。
月末に近くの内科医院で、鬱病か、急性~炎?と言われる。
近所の総合病院に入院して、検査を受けることにする。
十日以上かかって、検査終了。
肝臓全てと、膵臓の大部分が、癌に侵されていた。
肝臓というのは、無言の臓器と言われるくらい、我慢強くて、
病に気付いた時は、相当症状が悪化しているものだそうだ。

余命、2、3週間。

身の回りの片づけをしたいに違いないと思った妻は、
夫に、医師の口から、告知してもらう。
本人には、余命2、3ヶ月と伝えたものの、その後、
病状は急激に悪化。
体に水がたまっていく。膨れた腹部。
意識が混濁してきて、話も聞き取れない。
うわ言、罵声、痛みを訴える声。
「家族より、外の世話ばかりして!」と言われていたが、
人懐っこくて優しい人間であった。
その姿は変わり果て、生きてはいるのに、
もう、魂は旅立ちたがっているようであった。
この世に病気の体を置き去りにして。

告知どおり、2週間後の夜に、魂は、癌で蝕まれた身体を
周期的に震わせて脱出を試み、朝方、すーっと抜け出していった。


葬式の日。
「突然で事故のよう」という声が多い中、
「好きなことばかりして、いい人生でしたね。」
と言う声も、幾つか聞かれた。
好きなことばかり・・・。実際、胃痛に悩ませられ続けていたのだから、
その通りではないかもしれない。
人が相手に持つイメージと言うのは、その人の主観である場合が多く、
当たっている時もあれば、まるで違うこともある。
けれども、死んだ時に、人から、「好きなことばかりして、~」と言われることは
そんなに悪くない。

これが、生前も死後も、「肝心な時にいないんだから」と言われた、
あるカメラマンの一生。
娘の心に残ったのは、「楽観主義が勝つ。」「人生はくじ引きみたいなもの。」
という言葉。いいかげんな物言いかも知れないが、そんな気もする。
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